貧乏兄さんの金持ち父さんへの道

給料アップ&投資による副収入アップで目指せ金持ち父さん!

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世界の偉人(金持ち)達 ⑨ 「ジョン・テンプルトン」

今日は「見習え!世界の偉人(金持ち)達」の第9回をお届けしようと思います。
前回、成長株投資理論の「フィリップフィッシャー」を取り上げましたが、今回もやはり成長株投資を実践し大成功をおさめた凄い人をご紹介します!
ただ、同じ成長株投資といっても、その中身は結構異なっているので、比べてみると面白いですよ。

んで、誰を取り上げるのかというと、「ジョン・テンプルトン」という人。
この人を知っているという方は、かなりの通ですね。
貧乏兄さんはぶっちゃけ知りませんでした(笑)。
でも、テンプルトンの理論を読むと、「ほほ~」って思える点がたくさんありました。
凄い人なんですよ。
皆さんにもご紹介しようと思います!

◆ジョン・テンプルトン

ジョン・テンプルトンは1912年にアメリカのテネシーで生を受けます。
テンプルトンは投資の世界ではかなりの有名人なのですが「バフェット」「グレアム」「ギャン」等のようなスター投資家ではないです。
なんで、幼少期どのように過ごしていたか情報がないんですよね・・・。
でも、きっとかなり優秀な子供であったと推測できます。

その証拠に名門イェール大学に入学。
まさに順風満帆。
しかし、ちょうどその頃は恐怖の世界大恐慌だったんです。
テンプルトンの父親もその煽りをうけたようで、大学在学中に父親から教育費をストップされてしまいます。

それでも、テンプルトンはめげませんでした。
見事実力で奨学金を得て大学を卒業。
さらにはオックスフォード大学院(?)も修了します。
非常に優秀だったんですね。

卒業すると、メリルリンチ証券に入社。
しかし、すぐに退社して、なぜだか地震調査会社(?)に転職します。
なんで、地震調査会社に移ったかは謎です(笑)。

さて、ちょうどテンプルトンが地震調査会社に移った頃は第2次世界大戦が開戦した時期でした。
通常戦争が始まると株式にとってはリスクで「売り」となりそうですが、テンプルトンはここで1万ドルを借金して合計104社もの株を100ドルずつ購入したのです。
しかも、なぜだか「ボロ株」と言われる、完全に市場から見放された株価が1ドル未満の銘柄を…。

もちろんテンプルトンには明確な戦略があったわけです。
それが見事に的中し、1万ドルが4年後に4万ドルに変身!
全部1ドル以下だった株式が4倍に変身したんです。
しかも戦争中に。

さて、テンプルトンは儲けた金で投資顧問会社を買収し、自らの成長株理論にのっとった手法で会社を成長させます。
そして、ある程度まで成長させた時点で、一つのファンドだけ手元に残して会社を売却。
なんとうらやましいことにカリブ海に浮かぶ素敵な国「バハマ」のナッソーに移住しちゃうんです(笑)
とはいっても、バハマに隠居に来たわけではなく、大橋巨泉のようなセミリタイアとでも言うんでしょうか(笑)
会社売却後に手元に残った小さなファンドをこじんまりと運用したんです。

しかししかし、こじんまりと運用したはずのファンドですが、なんと20年で20倍という驚異的な運用成績を記録したのです!
この運用成績の源には、やはりテンプルトンの独自の成長株投資の理論があるのは言うまでもありません。

テンプルトンの独自の成長株理論とはいかなるものでしょう。
それは第二次大戦下で大量の「ボロ株」に投資した手法に集約されています。
つまり

①小型株でも、高収益でPERの低い、時価が真の価値を下回っている銘柄を買う
②大量の銘柄に分散投資する


①はいわゆる成長株投資の理論ですね。
テンプルトンは言っています

「最良の割安株は、人々から全く無視されている株式で、自分以外の投資家たちが調べてみようとすら思わない株式の中にあるものだ。」

ふむふむ、確かにそのとおりかもしれないですね。
でも、そうはいっても市場から見放されている割安株には中々怖くてリスキーにも感じます。
そこで②の分散投資が出てくるわけです。
10の銘柄のうち3銘柄でしくじっても、残りの7銘柄でカバーすれば、結果的にはプラスになります。
テンプルトンは、アメリカのみならず、日本などにも投資を分散させていたそうです。

テンプルトンの成長株投資理論はまた後日掘り下げてみようと思うのでお楽しみに!

テンプルトンは、おそらくまだ存命だと思います。
最近では、投資のみならず、「テンプルトン財団」を立ち上げるなど、慈善活動家としてもしられています。
特に南アフリカのアパルトヘイトへのテンプルトンの反対活動は有名で、平和主義者として人々から尊敬を集めいているのです。

~これまでの世界の偉人(金持ち)達~
世界の偉人(金持ち)達 ⑦ 「フィリップ・フィッシャー 成長株投資」
世界の偉人(金持ち)達 ⑦ 「フィリップ・フィッシャー」
世界の偉人(金持ち)達 ⑥ 「クリス・ガートナー」
世界の偉人(金持ち)達 ⑤ 「ベンジャミン・グレアム バリュー投資」
世界の偉人(金持ち)達 ④ 「ベンジャミン・グレアム」
世界の偉人(金持ち)達 ③ 「ウィリアム・ギャン」
世界の偉人(金持ち)達 ① 「ウォーレン・バフェット」


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世界の偉人達 ⑧ 「フィリップ・フィッシャー 成長株投資」

今日は、先日の「見習え!世界の偉人(金持ち)達」でご紹介したフィリップ・フィッシャー「成長株投資」の理論について取り上げようと思います。
あのウォーレン・バフェットの先生であるフィッシャーの投資理論ですからね。
学ぶに越したことはないでしょう!

フィッシャーの投資スタンスは、フィッシャーに関するエントリーでお伝えしたとおり。
とにか企業の「成長性」に注目するというところに特徴があります。
その結果、モトローラテキサス・インスツルメント(TI)という、その後急成長する企業を発掘したのは有名な話です。

そんなフィッシャーが会社の成長性を見る際のポイントを下にざっとあげてみましょう!

1.少なくとも数年間にわたって、会社の売上を大きく伸ばす製品や、サービスがある
2.そうした成長の牽引役となる製品やサービスを、次々と生み出そうとしている
3.研究開発費が有効に活用され、成果を上げている
4.強い営業体制
5.営業利益率が高い
6.営業利益率をさらに高める努力をしている
7.コスト分析や、財務分析がきっちりできる
8.労使関係が良好
9.幹部社員のやる気を引き出す、社風や体制がある
10.幹部社員に優秀な人材が多い
11.その業界で勝ち抜くための、独特のノウハウを十分に持つ
12.長期的な視野に立って、企業運営されている
13.むやみに新株を発行しない
14.自社にとって、不利益な材料を正直に説明する
15.株主に対して誠実である


フィッシャーは以上の15の条件を満たす企業であれば、今後の成長が見込める企業であると判断。
大きな成功をおさめたと言います。

ここで重要なのは、フィッシャーの言う成長とは、1年2年の勢いだけの成長ではなく、10年・20年それ以上の間、継続的に成長を続けられることを意味します。
確かに上のような厳しい条件を満たすことのできる企業であれば、安心して投資を出来るような気がしますね(笑)。
それだけ難しい条件であるような気がします。

上の15のポイントをよく読んでみると、いくつかのセクションに分けることができます。

まず、ポイントの1~4は「売り上げを上げる能力があるかどうか」を測るポイントといえるでしょう。
当然、企業は売り上げをあげることが儲けや収益の大前提となりますからね。
売り上げを上げるためには強力な製品が必要で、それを継続的に生み出す体制と、それを販売する営業力を1~4までのポイントで測っています。
企業のまさに基本をここでおさえているわけですね。

次に5~7で企業が低コストで運営を行っているかどうかを測っています。
つまり「利益率」を見ています。
いかに無駄を省き、効率の良い運営で高い利益率を達成しているかどうかみています。

そして、8~12で、その企業が成長力を維持できる「人材やノウハウ」を持っているかどうかを測っていますね。
企業にとって、人材やノウハウって言うのは資産です。
この点で強みを持つ企業って言うのは強いですよね。

最後に13~15で「株主を大切にしているか」を測っています。
これは我々株主にとっては非常に重要ですね(笑)
こういう観点というのは、今でこそIRだIRだと流行のように言われていますが、こんな昔に唱えていたフィッシャーは先見の明があったんですね~。
驚かされます!

この1~15のポイントで成長性を測ったフィッシャーは、投資家として伝説的な成功をおさめました。
確かに、非常に参考になりますよね。
市場で1~2年間の急成長をとげそうな企業を見つけることは、そんなに難しいことではないかもしれません。
(貧乏兄さんにはそれすらも難しいですが…)
ただ、末永く、持続的な成長を遂げる企業というのは、ほんとに一握りしか存在しないでしょう。
それを見極めるうえで、フィッシャーの「成長株理論」はとても参考になるのではないでしょうか。

~これまでの世界の偉人(金持ち)達~
世界の偉人(金持ち)達 ⑦ 「フィリップ・フィッシャー」
世界の偉人(金持ち)達 ⑥ 「クリス・ガートナー」
世界の偉人(金持ち)達 ⑤ 「ベンジャミン・グレアム バリュー投資」
世界の偉人(金持ち)達 ④ 「ベンジャミン・グレアム」
世界の偉人(金持ち)達 ③ 「ウィリアム・ギャン」
世界の偉人(金持ち)達 ① 「ウォーレン・バフェット」

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世界の偉人(金持ち達) ⑦ 「フィリップ・フィッシャー」

ようやく、今日「見習え!世界の偉人(金持ち)達!」の第7回がお届けできるようになりました(苦笑)
今回は情報収集に手間取ってしまったんですが、それでもなんとしてもお届けしたい人だったので、頑張って調べました。

それでは、一体誰を取り上げるかというと、「フィリップ・フィッシャー」という人です。
この名前、貧乏兄さんのブログを良く読んでいただいている方なら、もしかしたらどこかで聞いたことのある名前かもしれませんね。
誰?って思った方は「ベンジャミン・グレアム」の回のエントリーを読んでみてください。

そう、フィリップ・フィッシャーとはバフェットの先生だったんです!
ベンジャミン・グレアムが85%だったのに対して、フィッシャーは15%ですけど(笑)


◆フィリップ・フィッシャー

フィリップ・フィッシャーは1907年に生まれます。
グレアム同様、フィッシャーに関する幼少期の記述のある資料は殆ど存在しません。
ただ、かなり賢い少年だったことは間違いないでしょう。
その証拠に、な・な・なんと若干15歳で名門スタンフォード大学に入学しちゃうんです!
おそらく3年(?)の飛び級でしょうか。
並外れております…。

スタンフォードでフィッシャーは一生懸命勉学を積みます。
フィッシャーはどうやら、一つのことにのめり込むと、とことんのめりこむ人物のようです。

フィッシャーはスタンフォード大学で、教授と一緒に大学近郊の会社を訪問し、実施の勉強をするというコースを選択します。
その授業にフィッシャーは非常に「はまり」、教授の送り迎えまで自らすすんで行ったといいます。
その送り迎えの車の中で、教授と訪れた会社について議論することが、フィッシャーの何よりの楽しみであり、勉強であったんだそうです。

さて、ちなみに、この会社を訪問する授業でフィッシャーは彼の人生において大きな意味を持つ会社と出会います。
FMC(フード・マシーナリー・コーポレーション)という缶詰製造機(?)を作っていた会社です。
当時まったく無名であったFMCですが、フィッシャーは「将来性あり」とみて、投資顧問業を始めた後、この会社を顧客に積極的に勧めたんです。
FMCの株価はしばらく泣かず飛ばずだったそうですが、突然人気株に変身したそうです。
この出来事でフィッシャーは一躍顧客から信頼を勝ち得るようになるのですが、それはまだ少し先の話です。

さてさて、このように大学で勉学に励んだフィッシャーですが、スタンフォードビジネススクールで一年間学んだ後、サンフランシスコのとある銀行に就職します。
配属された部署は「統計部」。
この「統計部」というのは証券分析を行う部署だったそうです。
ただ、当時の銀行というのは、本当に片手間に証券販売を行っていたらしいのですが、その能力は皆無に等しかったといいます。
そのため、フィッシャーは銀行をすぐに辞めて、証券会社に転職します。

しか~し、実はこの時世にも恐ろしい「世界大恐慌」がおこる目前だったんです!
そして、実際に世界大恐慌がおこると、フィッシャーの勤めていた証券会社は簡単に潰れてしまったのでした(涙)。
これをもって、フィッシャーは失業者になってしまいます。

しばらく途方にくれるフィッシャーでしたがここで人生の勝負に出るんです!
さすが偉人!ピンチをチャンスに変えようとするあたりがすごいですよね。
フィッシャーは1931年に投資顧問業を開業します。

投資顧問業を開業したのは良いですが、当時は世紀の大恐慌…。
まったく仕事がありませんでした…。
しかしフィッシャーはこの間に色々な企業の経営者を行脚し、顧客を増やしていったのです。
実はこの時期、企業の経営者も不況で仕事がなくて暇だったんですね。
それゆえ、若造投資顧問フィッシャーもコネクションを築きやすかったのかもしれません。

さて、大恐慌がようやく終わりかけた1930年代中盤になると、先に触れたFMCの株価上昇によって、フィッシャーの投資顧問業も軌道にのります。
そして、第2次大戦後にはやはりフィッシャーの核銘柄の一つ「ダウ・ケミカル」を発掘します。
ダウ・ケミカルは発掘当社はFMCのように泣かず飛ばずでしたが、1960年頃より伝説的な成功をおさめることになります!

また、1954年には「テキサス・インスツルメンツ(TI)」を発掘。
当時まだダラスのちっぽけな会社であったTIが私募で投資家を募集していたのにフィッシャーは飛びつき、その後も株の暴落があるごとに大量に株式を買い増しします。
その後のTIの成功はご存知のとおり。世界的な企業に成長します。

フィッシャーの最後の核銘柄「モトローラ」も1950年代に発掘。
最後にして、最高の値上がり率を達成した「モトローラ」ですが、当時は証券会社から格付けさえされないほどの、小企業だったそうです。
今では考えられませんが…。
そんなモトローラにフィッシャーは成長性を見込んで投資し、大成功をおさめる訳です。

フィッシャーの投資スタンスは一貫してます。
とにかく、彼の投資の際の指針は「成長性」なんです。
覚えておいででしょうか、
「ベンジャミン・グレアム」のバリュー投資理論において、唯一欠けている事柄が「成長性」という視点でしたよね。
フィッシャーはグレアムに欠けていた視点を持っていたので、バフェットに師匠と思われていたんでしょう。

フィッシャーの4つの核銘柄「FMC」「ダウ・ケミカル」「テキサス・インスツルメント」「モトローラ」ともに投資の時点では、全く無名の企業でした。
しかし、フィッシャーは無名ではあるけれども、今後大化けするという「成長性」を感じ取ったことは間違いありません。
そして、フィッシャーはその「成長性」を裏付けるための調査を何ヶ月にもわたって綿密に行ったといいます。
このように、フィッシャーは「成長株投資」の偉人なのです!

フィッシャーのこの「成長株投資」の理論はまた近いうちに取り上げようと思ってますのでお楽しみに!

さて、このフィッシャーですがおそらくまだご存命だと思います。
そろそろ100歳になるかと思うのですが、今ももしかしたら今後成長する企業にあたりをつけているのかもしれませんね。

~これまでの世界の偉人(金持ち)達~
世界の偉人(金持ち)達 ⑥ 「クリス・ガートナー」
世界の偉人(金持ち)達 ⑤ 「ベンジャミン・グレアム バリュー投資」
世界の偉人(金持ち)達 ④ 「ベンジャミン・グレアム」
世界の偉人(金持ち)達 ③ 「ウィリアム・ギャン」
世界の偉人(金持ち)達 ① 「ウォーレン・バフェット」


フィッシャーの成長株理論について詳しく知りたい方はこちら
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世界の偉人(金持ち)達 ⑥ 「クリス・ガートナー」

好評の「見習え!世界の偉人(金持ち)達」特集ですが、これまでは偉大な投資手法を確立してきたような投資家を取り上げてきました。
ウイリアム・ギャンは「ギャン理論」を、ベンジャミン・グレアムは「バリュー投資」を提唱し、現在に名を残しています。
今日は、そんな投資家とはまた一味も二味も違った偉人をご紹介しようと思います。
皆さんはこの人の名前を聞いたことがあるでしょうか?
「クリス・ガートナー」という名前を・・・。
なんと、ホームレスから超大金持ちになったすごい人なんです。

★クリス・ガートナー

クリス・ガートナーさんは現在49歳。
ガートナー・アンド・リッチ証券会社のオーナーです。
高級ブランドのスーツや靴を身にまとい、豪邸を3軒も構えるスーパーセレブです。
豪邸には大好きなマイルス・デービスのレコードであふれ、まさに悠々自適の生活…。
うらやましすぎ…。

しかし、こんなセレブなガートナーですが、実は元「ホームレス」なんです。。。

ガートナーはルイジアナ州で生まれ、教師をしていた母親に女手一つで育てられました。
ガートナーに関する情報は現段階で非常に乏しいので詳細は「謎」なんですが、苦しい幼少時代を過ごした事は容易に想像できますね。
高校を卒業すると、海軍に入隊し、退役後はサンフランシスコで医療関係の仕事につきます。
そして、1978年には結婚し、息子一人を授かります。

ようやく幸せを手に掴んだかに見えたガートナーですが、その後転落の人生が待っています。。。

実はガートナーは株式ブローカーになるのが夢で、まさに夢であった株式ブローカーへの転職話が舞い込んでくるのです。
そりゃ~夢だったんだもん、転職しますよね。
ガートナーは医療関係の職を辞して、株式ブローカーとして再出発します。

しかししかし、株式ブローカーという仕事はそんなに甘いもんではない。
経験不足のガートナーは仕事に失敗(涙)
首になってしまいます。
いわゆるリストラですね(涙)
無職になったガートナーに家族は冷たく、家庭も「くび」になってしまいます。
妻と子はガートナーの元を去ってしまいました。

全てを失ったガートナーはどん底に突き落とされたことでしょう。
しかし、世の中は残酷。。。不幸はまだ続きました。
なんと駐車違反料金(約12万円)を滞納し、刑務所に服役する事になってしまったのです!
逮捕されるなんて、なんて不運な…。
ガートナーは10日間あまり服役します。

さらにさらに不幸は続きます。
ガートナーの元を去っていった元妻が、子供を無理やり押し付けてきたのです!
なんてひどい奥さん。。。
ガートナーは、子供との同居を認めてくれない下宿を追い出されてしまいます!
つまり、ホームレス。子連れホームレスになってしまったのです!
食事は貧困者のための施設で支給されたものを食し、夜は地下鉄の駅や空港で寝る毎日。
これ以上のどん底はないでしょう。ガートナー30歳のときでした。

もはや失うものなど何もないガートナーは、ここから猛烈な再起を図ります!
再び株式ブローカーの見習いとなり、頑張ったのです。
きっと、以前と同じ失敗を犯さぬよう、必死で努力したんでしょうね。
その努力が大手の証券会社の目に留まり、スカウトされたのです。

まさに人生大逆転
そこからは着実にキャリアを重ね、1987年に冒頭で紹介した「ガートナー・アンド・リッチ証券」を設立したのです。
今では、ニューヨークとサンフランシスコの2拠点を中心に、累計約50億ドル(約5千3百億円)もの取引を重ねてきたといいます。
正直どんな投資手法なのかとうことは全く不明なんですが、凄いですよね。

押しも押されぬ金持ちになったガートナー。
アメリカンドリームを感じますね。。。


ちなみに、このガートナーの物語はウィル・スミス主演で映画化が決定しているそうです!
そちらもお楽しみに!

~これまでの偉人(金持ち)達~
世界の偉人(金持ち)達 ⑤ 「ベンジャミン・グレアム バリュー投資」
世界の偉人(金持ち)達 ④ 「ベンジャミン・グレアム」
世界の偉人(金持ち)達 ③ 「ウィリアム・ギャン」
世界の偉人(金持ち)達 ① 「ウォーレン・バフェット」


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世界の偉人(金持ち)達 ⑤ 「ベンジャミン・グレアム バリュー投資」

さて、今回は先週取り上げた「ベンジャミングレアム」の投資手法である「バリュー投資」について掘り下げてみたいと思います。
グレアムについて詳しくは前回のエントリーに譲るとしますが、なんてったってForbes調べの世界第2位の金持ち「ウォーレン・バフェット」の先生ですからね。
それはそれは耳を傾ける価値はあるわけです。

では、ベンジャミン・グレアム先生のありがたーい「バリュー投資」の教えとはいかなるものなのか、見てみましょう!
すんごいシンプルな教えなんで、リラックスして読むべし。


グレアム先生の「バリュー投資」理論の中枢を要約してしまえば、次の3つに集約できます。


1.その株本来の価値はいくらくらいかを算定する。
2.そして、その株本来の価値よりも大きく値下がりした価格の時に買う。
3.マーケットは、短期的に本来の価値に比べて安くなりすぎたり、高くなりすぎたりと揺れ動くものだが、その動きを利用するのか、無視するのかどちらかに決めるべきである。


つまり、「その株を見積もり、それよりも激安なところで買え!」ってことですね。
シンプルでしょ。

株式市場は企業の価値だけでなく、意外と人間の心理に株価が左右されるものです。
時には、実際の企業の価値はそんなに高くないのに、流行やらなんやらで投資家から過信されて、ありえないような高値がつくことがあります。
また逆に必要以上の悲観論が先行し、いかに優良企業といえども、株式が暴落することがあります。

株式が暴落している銘柄だと、つい弱気になって買うのを敬遠しがちですが、グレアム先生のバリュー投資の教えでは、それが企業の実際の企業価値よりも著しく低い値であれば、まさにバーゲンセールであり、その時こそチャンスなんだというわけです。

例えば、実際の企業価値が1株あたり300円である「貧乏商事」という超優良企業があったとします。
しか~し、「貧乏商事」はその景気の悪い名前のせいか、財務体質・売り上げとも超良好であるにもかかわらず、投資家さん達から必要以上に敬遠され、株価が200円に低迷しています(泣)。
でも、しばらくすると投資家さんたちも「貧乏商事」の実力に気付き、適正株価である300円に戻すはず。
つまり、敬遠されている200円のときに買えば300円に戻ったときに1.5倍の利益が得れる(わ~い)・・・というのがグレアム先生のシナリオなわけですね。

なんやねん、こんなんあたりまえやんけ!という声が聞こえてきそうですが…その会社の適正な価値を見積もるというのにはある程度のリテラシーが必要になります。
それができる人と言うのはそんなに多くはないでしょう。
だから決して簡単な理論というわけではない、と貧乏兄さんは思います。

ただしただし、ここで気になる情報を。
実はこのグレアム先生の「バリュー理論」には弱点があります。

お気づきの人は非常にするどいっすね。
ずばり、「バリュー投資」は企業の「将来性」をまったく考慮してないんです
あくまで、企業の現在価値と株価を見比べるわけで、将来に対する見通しはナッシング。
グレアムは20世紀前半という不安定な経済情勢の中で活躍した投資家ですから、「将来性」という不確定要素を投資の指針にすることに抵抗があったんでしょうね。

バフェットもこう語ってます。

「グレアムのやり方がそのまま通用するのは1973年くらいまで」

ありゃりゃ(笑)

このように若干の弱点を抱えているグレアムの理論ですが、やはり見習うべき点が多い偉大な理論であることには変わりありません。
小難しい小癪な投資理論が横行する中で、グレアムの理論は投資を行うときの基本中の基本を思い出させてくれる気がします。
なんだか自分の投資法に迷ったり、自信を失ったりしたときに、グレアムの「バリュー投資」を思い出してみるとよいんではないでしょうか。

~これまでの偉人たち~
世界の偉人(金持ち)達 ④ 「ベンジャミン・グレアム」
世界の偉人(金持ち)達 ③ 「ウィリアム・ギャン」
世界の偉人(金持ち)達 ① 「ウォーレン・バフェット」


グレアム先生のバリュー投資をもっと知りたい方



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世界の偉人(金持ち)達 ④ 「ベンジャミン・グレアム」

見習え!世界の偉人(金持ち)達シリーズも4回目を迎えました。
ウォーレン・バフェットウイリアム・ギャンを取り上げてきましたが、今日はベンジャミン・グレアムを紹介しようと思います。

「あれ、グレアムという名前、どこかで聞いたことあるなぁ」と思われる方はバフェットの回のエントリーを良く読んでみてください。
そう、グレアムはバフェットの師匠なんです。
バフェットはこう語っています
「私に影響を与えたのは、15%はフィッシャーで、85%はグレアムだ」

バフェットにそこまで言わしめるグレアムとはいかなる人物なんでしょうか。


ベンジャミン・グレアム

実はベンジャミン・グレアムの少年時代の詳細な生い立ちに関する資料はあまりありません。
彼はその投資理論(後に紹介するバリュー投資)があまりにも有名なため、彼自身の生い立ちや実績はあまり知られていないようです。

グレアムは1894年に金融の町、ロンドンで生まれました。
生まれてすぐに、これまたアメリカ金融の中心地であるニューヨークに移り住みます。
このように書くと、なんだやっぱりグレアムも子供のころからのボンボンなんじゃねーか、と思われるかもしれませんが、実際はそうではなかったようです。
グレアムが9歳のときに父親が亡くなってしまうのです。
そのため、少年時代のグレアム家の生活は非常に苦しかったといいます。

しかし、努力家グレアム少年は奨学金で勉学に励み、名門コロンビア大学に進学します。
大学時代のグレアムは非常に優秀な学生で、成績も素晴らしかったそうです。
この辺りから、大物の片鱗を少しずつ現し始めるわけですな(笑)

優秀な学生グレアムは、卒業後も大学に残らないかと誘われますが、かねてより興味のあったウォール街で働き始めます。
そして1926年にグレアム・ニューマン社という投資会社を設立します。
あのバフェットも一時在籍した会社です。
しかし、世界史に詳しい方ならこの時期に世界で何が起こったかご存知でしょうか。
(ちなみに貧乏兄さんはすぐにはわかりませんでした・・・)
そう、世界恐慌です!
グレアムはこの世界恐慌に伴う株価大暴落で、大損失を被ってしまうのです!

1928年から1932年までの不況下でグレアム・ニューマン社の資産は70%も減少(涙)
もはや虫の息となっていたグレアム・ニューマン社ですが、なんとか生き残ることに成功します。

グレアムは投資会社運営の一方で副業(?)をしていました。
それがコロンビア大学での講師業です。
1928年からコロンビア大学の「証券分析講座」を担当。
グレアムは大学で教えることを通して、次第に自らの投資理論を洗練させていったようです。
そう、グレアムにとって投資会社での仕事と、大学で教えることは見事なシナジーを生み出していたんです。

そして、大恐慌からも立ち直った1934に「証券分析」を、そして投資家のバイブルとも言える「賢明な投資家」を1949年に執筆します。

グレアムは1976年に82歳で亡くなります。
気になる生涯で残した資産額ですが、おおよそ300万ドルくらいではないかと言われています。
現在の貨幣価値に直すと大体約10億円というところでしょうか。
すごい金額ですよね~。
しかし!これまでバフェットやギャンの作り出した資産が○○兆円とお伝えしてきただけに、少し物足りなくも感じますね。
(いや、もちろんすごいんですよ、もちろん)
やはりグレアムは投資家というよりも「投資理論家」としての功績の方が大きいようです。

さて、それではグレアムの唱えた後世に語り継がれている投資理論とはいかなるものでしょうか。
はっきり言って短くまとめてしまえば次のようになります。

1.その株本来の価値はいくらくらいかを算定する。
2.そして、その株本来の価値よりも大きく値下がりした価格の時に買う。
3.マーケットは、短期的に本来の価値に比べて安くなりすぎたり、高くなりすぎたりと揺れ動くものだが、その動きを利用するのか、無視するのかどちらかに決めるべきである。


非常にシンプルですよね。そして分かりやすい。
この理論は「バリュー投資」と呼ばれています。
シンプルであるという点が、多くの人に受け入れられている理由だと思います。

バフェットもしかりで、バフェットがバークシャー・ハサウェイを買収したときもグレアムの教えが生きています。
バフェットがバークシャーを買ったときは、簿価が15ドルであったのに対して、株価が8ドルだったそうです。(しかし、バークシャー・ハサウェイの本来事業である繊維事業は失敗して投資事業に変身したわけですが・・・→参考

いつか、グレアムのバリュー投資論について深く掘り下げてみたいと思います。
シンプルなだけに、非常に奥が深いと思います。

最後にグレアムの名言をお聞きください。
「バフェット君、お金があったところで、我々は変わらないよ。せいぜい嫁さんの暮し向きがよくなるだけだ」

つまりグレアムにとって株式投資とは金儲けのための手段ではなく、あくまで知的好奇心の対象だというわけですね。

う~ん、深いっす(笑)!
では次回をお楽しみに!



グレアム著の投資家のバイブル「賢明な投資家」はこちら



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世界の偉人(金持ち)達 ③ 「ウィリアム・ギャン(失敗しない24のルール)」

今日は先日予告した、伝説の相場師「ウィリアム・ギャン」の唱えた「失敗しない24のルール」を紹介しようと思います。

「失敗しない24のルールとは」ギャンの著作の中で唱えられている相場で失敗しないための投資方法論で、ギャンの長年の経験に裏打ちされています。
なんせ、現在価値で100億円以上投資で勝ち抜いてきたギャンの理論ですから、それはそれは説得力があるわけです。
このルールをうまく自分の中で消化して、今後の投資に生かしていきたいですね。

それでは早速見て行きましょう!


1、資金額は10等分し1回の取引資金の10分の1以上のリスクを取らぬ事。

(兄さんコメント)例えば100万円もっていたら、10万円づつに等分して取引資金とし、その10分の1である1万円以上のリスクはとるなということでしょうかね。

2、仕掛けた株は常に損切り限界ラインを設定しポジションを必ず守る事。

(兄さんコメント)損きりができない貧乏兄さんには胸に染み入る言葉っす。
損きりが出来ないためにトッパンフォームズ(7282)の含み損が10万円以上に膨らんでおります…。(参考)


3、過剰売買は決してしない事。過剰売買は資金運用の原則に反し動けない。

4、儲けを損失に変えずに利益評価が出たらストップ・オ-ダ-を近付ける事。

5、トレンドに逆らわずチャ-トに従いトレンドに確信なき時は売買をせぬ事。

(兄さんコメント)ちゃんと分析して、決して憶測だけでトレードするなと言うことですな。
すっごくギャンらしい言葉だなぁと思いました。

6、疑わしき時は手仕舞い取引を中止する事。

7、活発な銘柄のみに絞り動きが鈍く活気のない銘柄には手をださない事。

8、リスクの均等、出来れば4・5銘柄に分散し一銘柄集中投資は避ける事。

(兄さんコメント)やはり、ちゃんとポートフォリオ組めってことでしょうね。
これも貧乏兄さんには欠けている部分です。
といっても資金が少なくて、十分なポートフォリオが組めないってのもありますが。。。

9、指し値をせず売買の価額を固定してはならず成り行きで売買する事。

(兄さんコメント)これ、今一良く意味分からないんです。
だれか解説プリーズ(苦笑)

10、理由なき手仕舞は不可、利益確定のストップ・オ-ダ-でフォロ-する事。

11、実現益は貯蓄し連続取引に成功したら一部は温存し、緊急時だけに使う事。


(兄さんコメント)なんだかこのルールはレバレッジを効かせるな、と言っているようです。
あくまで、堅実にっていうスタンスなんですね。

12、配当目当てで株は買わぬ事。

13、灘平をしない事。灘平はトレ-ダ-の最大の誤りであり判断ミスである。


(兄さんコメント)うぅ、貧乏兄さんはこのとおり今週滝沢鉄工所(6121)で灘平したばっかりです。。。

14、我慢が出来ないと言う事だけで相場から逃げ出さず、待ち切れなくなったからと言う理由だけで手を出してはならない。

15、小さな儲けと、大きな損は絶対に避けるべきである。

16、建玉と同時にストップ・ロス・オ-ダ-を出しキャンセルしてはならない。

17、あまり頻繁に売買はしない事。


(兄さんコメント)でもギャンさん1ヶ月で286回も売買してますけど(笑)→参考

18、買いを嫌わないのと同様に空売りも嫌らってはだめ。トレンドに従い儲ける事のみを目的とせよ。

19、株価が安いと言う事だけで買ってはならず高いからと売ってはならない。

20、ピラミッティングのタイミングに注意を払い、株が活発になり抵抗線を抜けてから買い増しを入れ、支持水準を割る迄待って売り増しをかける事。

21、買い場でピラミッティングをする時は、発行済み株式数の少ない銘柄を選び、空売りの時は発行済み株式数の多い銘柄を選ぶ事。

22、ヘッジは決してせず、判断ミスで下落したらこれをヘッジの為別の銘柄を空売りする事は謹み相場から手を引き損を確定させ、次の機会を待つ事。


(兄さんコメント)全体的にギャンさんの理論は、ミスを帳消しにするための投資はNGなようですね。
灘平もダメっていってますし。

23、充分な理由なしにポジションを変えない事。仕掛けは充分な理由と明確な計画による事でトレンドが変わる徴候なしには手を引いてはならない。

24、長期間成功し、儲け続けた後での取引株数を増やす事は避けるべきである。



いかがでしょうか?
伝説の相場師というくらいだから、すごくアグレッシブトレーディング理論を展開するのかと思いきや、ギャンさんの理論は非常に堅実ですよね。
あくまで堅実で厳しいフィルターを通して、練りに練った挙句に残った銘柄にのみ投資する。
そうすれば失敗しない、ということなんでしょう。

貧乏兄さんにはギクッとするような指摘もありましたが(笑)、これからはギャンさんの教えを胸に投資していきたいと思います。



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世界の偉人(金持ち)達 ② 「ウイリアム・ギャン」

さて、「見習え世界の偉人(金持ち)達」の第1回は、世紀のファンダメンタル投資家であるウォーレン・バフェット氏を取り上げました。
第2回はそれと対極の存在である、世紀のテクニカル投資家「ウイリアム・ギャン」を紹介しようと思います。

このブログを読んでくださっている方は、ほとんどが個人投資家の方だと思います。
そして、そのトレーディング手法は短期売買中心だと勝手に僕は思ってます。
そういった短期売買トレーダーの方にとってギャン氏は超憧れの存在なんではないでしょうか。

★ウイリアム・ギャン

ギャンは20世紀前半に活躍した伝説の相場師です。
1955年に亡くなったときの遺産はなんと5000万ドル
当時の物価等を考慮すると100億円以上もの資産を残したと言う、スーパー相場師なんです。
ちなみに、ギャンは株式よりも、小豆やトウモロコシ等の商品先物売買、それも短期の売買を得意としていたようです。

そんなギャンは1876年6月にテキサス州の綿花栽培の農家に生まれました。
彼の家は敬虔なキリスト教徒で、特に母親の傾倒ぶりは狂信的だっとも言われています。
そんな家で育ったギャンですから幼いときより聖書に親しみます。
彼の天才ぶりはこの頃より既に目覚め始めており、聖書の隅から隅まで完全に暗記していたといいます。
つまり、彼はきっと完璧主義者なんでしょうね。
この後も、彼が完璧主義者であることを表すエピソードは節々に出てきます。

ギャンは聖書に対しては一生懸命だったのですが、どうも実家の綿花農場で働くのが性に合わなかったようで16歳で家を飛び出します。
まずは新聞売りから仕事を始め(バフェットと同じですね)、しばらくすると綿花の問屋で働き始めます。
これが運命だったのでしょうか。。ここで彼は「相場」の世界と出会うのです。
彼は相場の面白さをしり、とことんのめり込みます。
ギャン24歳のときでした。

相場の魅力に取りつかれたギャンは26歳になったときにオクラホマにある証券会社に就職し、相場に関する勉強を続けます。
この頃の彼の没頭ぶりは凄まじく、昼夜を問わずに図書館に通いつめ自らの投資手法を確立していきます。
また、この頃彼は相場で大きな失敗を犯し、ほぼ破産状態になっていたとも言います。
その失敗から這い上がるために、そこまでの努力をしたんでしょうかね。
いずれにしても、この頃の彼の努力が後の成功につながっているのでしょう。

ギャンの努力を表すエピソードとして次のようなものがあります。
株式相場の仕手筋の市場操作方法を調査するために、9ヶ月間にわたって、ニューヨークのアスター図書館、ロンドンの大英博物館に通い、1820年からの全証券取引の記録を調べたのです!
あ、ありえないっすよね。。。

とにかくギャンはこのように勉強・実践を繰り返し、、超有名な「ギャン理論」そして、相場に関する「失敗しないための24か条」を確立します。
(28か条については後日ブログに掲載しますのでお楽しみに!)

自らの理論を確立したギャンは無敵でした。
なんと相場で約9割もの勝率を常時キープ
また、有名なエピソードとして、
とある雑誌社のモニターの下、1ヶ月で合計286回もの売買を重ね、なんと264回もの利益をだし、たった1ヶ月で資産を40倍にした」
というものがあります。
とにかく無敵だったと言うことですな。
また、1920年代後半の大恐慌を予言し、その相場を乗り切ったと言うことも有名です。

このように彼は資産を増やし続け、現在価値で100億円にもなる遺産を残したわけですが、見逃してはいけないのは、その成功の裏には血の滲む様な努力があったということでしょう。
おそらく超真面目な方だったでしょうし、面白エピソードは一切残っていません。
もし知ってる方がいたら教えてください(笑)

彼の投資法は、とにかく過去のデータを収集し、法則を見つけ出し、未来の相場を予想する。
この繰り返しだと言うことがわかります。
いわゆる「テクニカル投資」ですね。
そして、自分なりのルールである、失敗しないための「24か条」を遵守し、資産を増やし続けたのです。

近いうちに「失敗しないための28か条」はブログに書こうとおもいますので、お楽しみに!


ギャンに関する書籍はこちら



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